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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3617号 判決

原告 日本通運株式会社

右代表者代表取締役 長岡毅

右訴訟代理人弁護士 山田重雄

同 山田克己

同 山田勝重

被告 小幡梱包運輸株式会社

右代表者代表取締役 小幡文良

右訴訟代理人弁護士 結城康郎

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和六〇年九月一日から右明渡し済みまで一か月四五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨

2  仮執行の宣言

二  被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五四年九月一日、被告に対し、原告の所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件倉庫」という。)を、物品の保管用として、賃料は一か月四五万円、期間は満一年の約定で賃貸し、その後一年毎に契約を更新してきた。

2(一)  被告は、原告から本件倉庫を賃借して当初から、これを斎藤瓶店その他五、六社に対して一坪当たり八、〇〇〇円の賃料で転貸してきた。

(二) 原告は、被告に対し、平成二年二月一五日の本件口頭弁論期日において、被告の無断転貸を理由として、本件倉庫の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

3(一)  原告は、被告に対し、昭和六〇年二月二〇日、本件倉庫の賃貸借契約の期間が同年八月末日をもって満了した後は契約の更新を拒絶する旨を通知し、同日の経過後は再三に渡り、本件倉庫の明渡しを要求してきた。

(二) 原告は、本件倉庫の敷地四、八九三・一二平方メートル(以下「本件土地」という。)を所有しているところ、本件土地周辺は近代化が進み、地価も高騰しているのに、本件倉庫その他の本件土地の上に存する建物のほとんどが平家建ての古い倉庫で、極めて非効率であるため、これを取り壊し、その跡に近代的な建築物を建設して本件土地を有効に活用する必要がある。

したがって、原告の被告に対する本件倉庫の賃貸借契約の更新拒絶については正当の事由がある。

4  よって、原告は、被告に対し、本件倉庫の明渡しを求めるとともに、賃貸借契約の終了後である昭和六〇年九月一日から右明渡し済みまで明渡し遅滞による損害賠償として賃料相当額である一か月四五万円の割合による金員を支払うよう求める。

二  被告の認否及び主張

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2(一)記載の事実は否認する。被告は、斎藤瓶店その他五、六社から預かった物品を本件倉庫において保管しているが、本件倉庫を斎藤瓶店等に転貸しているものではない。

3  同3(一)記載の事実は認める。

同3(二)記載の事実中、原告が本件土地を所有していることは認めるが、その余の事実は争う。

4  以下の事情を総合すれば、原告がした更新の拒絶には正当の事由がない。

(一) 被告は、原告から長期間借りて欲しいとの申出があったので本件倉庫を借り受けるに至ったものである。

(二) 被告は、原告から本件倉庫を借り受けた後である昭和五四年一〇月に、本件倉庫と機能的、連動的に使えることを動機として本件倉庫から歩いて四、五分の江東区千石一丁目一一番に土地を購入し、昭和五九年一〇月に隣地を買い増した上、昭和六〇年六月に右土地の上に鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建倉庫を建築し、そこに管理人二名を常駐させ、右倉庫の管理のほか、本件倉庫の入出庫、荷役作業に当たらせている。このように、被告は、本件倉庫を中心として有機的に営業活動を展開して来ている。

(三) 被告の営業収益のうち保管に関するものは、本件倉庫を借り受けた時以降赤字から黒字に転換し、前記千石の倉庫が稼働し始めた昭和六〇年度からはその黒字幅が三倍にも達している。

(四) 被告は、本件倉庫を利用している顧客から年間約一、二〇〇万円の保管料収入を得ているほか、その顧客から年間三、〇〇〇万円前後の運賃収入を得ており、もし、本件倉庫を明け渡さなければならないとすれば、これらの収入を失うこととなり、被告にとって死活問題となる。

(五) 被告の本件倉庫の借家権を評価すれば、二億円から四億円に相当する。

(六) 原告は、超大企業であり、その総売上げは被告の約二、五〇〇倍であって、その力は比べものにならない。また、原告は、全国に多数の土地建物を保有している。

(七) 原告は、本件倉庫の明け渡しを受けることによって莫大な利益を得ることになる。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3について

1  同3の(一)記載の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、同3の(二)の正当の事由の存否について判断する。

(一)  ところで、以下の(1)から(12)までの各項記載の事実(これらの事実は、それぞれ当該各項の末尾の括弧内に掲記した各証拠によって認められる。)は、原告がした更新拒絶に正当の事由が存することを基礎づけるものであると認められる。

(1) 本件倉庫の賃貸借契約に当たり、権利金、保証金又は敷金は授受されなかった(《証拠省略》)。

(2) 原告と被告は、ともに倉庫営業を行う同業者である(このことは、弁論の全趣旨により明らかである。)。

(3) 本件倉庫の賃貸借契約の期間は一年と定められていたが、期間の満了の都度更新され、原告が更新の拒絶の通知をした昭和六〇年二月当時までに既に約五年半が経過し、その間に五回の更新がされていた(このことは当事者間に争いがない。)。

(4) 本件倉庫は、昭和二九年に建築された木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建ての建物で、既に相当老朽化していて、高価品や、医薬品、精密機械等の付加価値の高い物品を保管するには適しない状況にある(《証拠省略》)。

(5) 被告は、本件倉庫を賃借して以来、これを顧客から預かる物品の保管用に使用して来ているが、入出庫の頻度は週一回程度で、荷動きは少なく、また、保管されている物品に高価品は見られない(《証拠省略》)。

(6) 本件倉庫の賃料は、契約当初から一か月四五万円のまま改定されずに今日に至っているが、本件倉庫周辺の倉庫の賃料の相場と比べて相当低額であり、他方、被告は、本件倉庫を利用して、年間約一、二〇〇万円の保管料収人を得ている(《証拠省略》。なお、本件倉庫の賃料が契約当初から一か月四五万円のまま改定されずに今日に至っていることは当事者間に争いがない。)

(7) 本件土地周辺は、本件倉庫の賃貸借契約締結後、争速に土地の高度利用が進み、高層建築物が増加し、また、地価も著しく高騰している(《証拠省略》。なお、このことは、当裁判所に顕著である。)。

(8) 原告の本件土地の地積は四、八九三・一二平方メートルであり(このことは当事者間に争いがない。)、その地上には本件倉庫のほか四棟の建物が存し、いずれも原告が倉庫として利用しているが、これらの建物のうち昭和五三年に建築された鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建ての建物一棟以外は、昭和二〇年代又は昭和三〇年代に建築された古い建物であり、また、鉄筋コンクリート造陸屋根四階建ての建物一棟を除き、いずれも平家建ての建物であり、利用効率が周辺の土地の利用状況と比べて著しく低い(《証拠省略》)。

(9) 原告は、本件土地上に存する建物を取り壊し、その跡に地上七階、地下一階建て延べ床面積一七二、二六五平方メートルのオフィスビルを建築し、事務所等として賃貸する計画を有している(《証拠省略》)。

(10) 本件土地は、その南側と西側が公道に接しているが、本件倉庫は、本件土地の二方が公道に面している南西の角地部分に存している(《証拠省略》)。

(11) 被告は、物品の運送、梱包、保管等の業務を営んでいるが、その売上げ及び利益の中心は運送部門から挙げており、物品の保管の業務の比重はそれほど高くはない(《証拠省略》。)

(12) 被告が本件倉庫に代わるべき賃貸倉庫を他に求めることは、その場所、広さ、階数、賃料額等の条件いかんによって容易ではないにしても、不可能なことであるとは考えられない(《証拠省略》)。

以上に認定した諸事実を総合すれば、原告においては、本件土地の周辺の客観的な状況の変化等に応じ、本件倉庫その他本件土地の上に存する建物を取り壊し、その跡に近代的な建築物を建設し、もって本件土地を有効に活用する必要があるものと認められ、したがって、原告の被告に対する本件倉庫の賃貸借契約の更新拒絶については正当の事由があると認めるのが相当である。

(二)  もっとも、被告は、原告の更新の拒絶には正当の事由が存しないと争うので、その根拠として主張する点について判断する。

(1) 被告は、本件倉庫の賃貸借契約の締結に当たり、原告から長期間借りて欲しいとの申出があったと主張するが、本件に顕れた全証拠によってもこのことを認めるに足りない。

(2) 被告は、本件倉庫を賃借した後、本件倉庫を中心として有機的に営業活動を展開して来たと主張する。そして、《証拠省略》によれば、被告は、原告から本件倉庫を借り受けた後である昭和五四年一〇月に本件倉庫から歩いて四、五分のところの江東区千石一丁目一一番に土地を購入し、さらに、昭和五九年一〇月にその隣地を買い増した上、昭和六〇年六月に右土地の上に鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建て延べ床面積三三〇平方メートル余の倉庫を建築し、そこに管理人二名を常駐させ、右倉庫の管理のほか、本件倉庫の入出庫、荷役作業に当たらせていることが認められる。そして、被告が右のような土地の購入や倉庫の建築をすることとした動機の一つに、現に近くに本件倉庫を賃借しているということがあったことはそのとおりであるとしても(被告代表者は、その尋問においてそのような趣旨の供述をしている。)、本件倉庫は、既に認定したとおり、木造の古い建物であり、期間一年の約定で賃借したものが更新を繰り返して五年余の間継続していたものに過ぎず、被告において本件倉庫の賃貸借契約が将来なお相当の期間にわたり継続することを期待し得るような客観的な事情があったとは認められないから、被告が前記のような決断をしたことが、正当事由の存否の判定に当たりさほど重視すべき事情に当たるとは考えられない。

(3) 《証拠省略》によれば、被告の営業収益のうち保管に関するものは、本件倉庫を借り受けた直後である昭和五五年四月一日に始まる営業年度以降赤字から黒字に転じたこと、前示千石の倉庫が稼働し始めた昭和六〇年度からはその黒字幅が大幅増加したことが認められる。しかしながら、《証拠省略》によっても、本件倉庫の賃貸借や、前示千石の倉庫の稼働が直接寄与した結果として、右のように赤字から黒字への転換や、黒字幅の増加が生じたものであると認めるには足りず、他にそのことを認めるに足りる証拠はない。

(4) 《証拠省略》によれば、被告は本件倉庫を利用している顧客から年間約一、二〇〇万円の保管料収入を得ていることが認められる。しかしながら、右収入から、原告に対して支払うべき本件倉庫の賃料年額五四〇万円を控除すれば、残額は六六〇万円に過ぎないことが明らかである。

また、被告は、本件倉庫の顧客から年間三、〇〇〇万円前後の運賃収入を得ており、もし、本件倉庫を明け渡すこととなれば、その収入を失うこととなると主張し、被告代表者尋問の結果にはこれに沿う供述部分がある。しかしながら、被告が本件倉庫の顧客から得ている運賃収入がそのように多額に及ぶことが真実であるとしても(もっとも、被告は、他にそのことを立証する資料を提出しない。)、被告が本件倉庫に代わる倉庫を他に確保してもなお、右運賃収入のすべてを失うであろうと推認することに合理性があるとは認め難い。

したがって、被告が本件倉庫を明け渡さなければならないとすれば、被告にとって死活問題であるとの被告の主張は採用することができない。

(5) 被告は、本件倉庫の借家権の価額を評価すれば、二億円から四億円に相当すると主張する。そして、借家権が一定の財産的価値を有するものとして取引の対象となることがあり得ることは、裁判所に顕著な事実である。しかしながら、原告主張の本件倉庫の借家権の評価額は、それが何らの瑕疵のないものであることを前提とするものであることは、その主張自体から明らかであり、本件におけるように、その存否が争われている場合にも当てはまるものであるとは到底考え難いのみならず、その点を除外しても、その評価が適正であると認めるに足りる証拠はない。

(6) 被告は、原告がした更新の拒絶に正当の事由が存しないことの根拠として、さらに、原告が超大企業であり、その総売上げが被告のそれの約二、五〇〇倍にも及んでおり、その力が被告とは比べものにならないこと、原告は全国に多数の土地建物を保有していること、原告は本件倉庫の明渡しを受けることによって莫大な利益を得ることになると主張する。しかしながら、被告主張の右各事情は、たとえ、それが真実であるとしても、それ自体、正当の事由の存否の判断に重要な意味を有するものであるとは認め難い。

そうすると、被告の主張するところをもってしては、原告がした更新の拒絶に正当の事由が存するとの前記判断を覆すには足りない。

3  よって、本件倉庫の明渡し及び本件倉庫の賃貸借契約の終了後である昭和六〇年九月一日から右明渡し済みまで明渡し遅滞による損害賠償として賃料相当額である一か月四五万円の割合による金員の支払いを求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用は敗訴の被告の負担とし、なお、仮執行の宣言を付するのは相当でないものと認めて、主文のとおり判決する。

(裁判官 青山正明)

〈以下省略〉

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